※財ユウ→小春です。



あめだまガラス





からからから。
不意に聞こえた固いものを転がすような音に、不思議に思って指を伸ばす。
歯列を割って無遠慮に突っ込んだ指が舌の付け根の辺りで止まって、触れたものを取り出してみれば親指くらいの大きさの飴玉だった。
唾液に濡れててらてら光るあかいそれを掌に乗せてじっと観察しながら、自分の下になった男にちらと視線を送る。
「こんなもん舐めてるなんてずいぶん余裕ありますね」
「…いきなり人の口ん中に指つっこんどいてよう言えるわ」
苦しそうに喉を抑えながら、ユウジ先輩は覆い被さって来る俺を睨み返した。
その靴下だけ残した裸の下半身からは生えるように自分の股の付け根が繋がって、もうずいぶん長いことくっついているためにそこからずくずくと溶けるような錯覚に陥っている。それでも動こうとしない俺に、ユウジ先輩は苛々したように床を蹴った。
「なぁ…もぉ、ええ加減にせえや。お前の、ぼろっと取れても知らんぞ」
「取れたら先輩、責任取って貰ってくれる?」
「そうそう、三つ指ついて嫁入り…て何でやねん。こんな、ずっと突っ込んでるだけなん、何が楽しいん…すんならさっさと動け、そうやないなら抜けや」
ぐったりと脱力した身体を床に預けるユウジ先輩に、真顔で首を振る。唇だけでいやや、と呟いて、埃で汚れた真っ白いシャツの間から指を滑り込ませた。
指の腹を剥き出しの臍の窪みに埋めていけば、薄い腹が波打って、ん、と鼻から抜けるような息が漏れる。

「背中、痛ないすか」

人のいない部室の空気は淀んで埃っぽく、その床に窮屈な体勢で引き倒されたユウジ先輩の身体にも細かい擦り傷や汚れが見える。とても明日このシャツは着てこれへんやろうな、とぼんやりと思った。
現レギュラーのほとんどが選抜合宿に呼ばれて行ってしまっている今のテニス部はどうしても活気に欠けて、普段なら生徒会に追い出されるまで残っている熱心な部員たちも今はいないに等しかった。そのため小石川先輩が部活に顔を出せない時にはユウジ先輩と次期部長候補の自分が戸締まりや雑務をこなすという時間がいつもよりずっと長くなっている。
(なんで先輩は俺とこんな事してんやろ)
最初に誘ったのは確かに自分だった。一心同体の半身を欠かしたユウジ先輩は部活中に遠くを見ることが多くなり、そうかと思えば無理して笑わせて来ようとする姿も、他の下級生は笑っても自分には滑稽にしか見えなかった。寂しいんでしょう、と決め付けて、俺が埋めてあげてもええですよ、と誰もいなくなった部室でその身体に触れたら、気付きたくもないことに気づいた。それなのに、目の前の男は唇を押しつけた途端にあらゆる抵抗をやめた。
「痛いゆうても、やめへんやろ。…ええわ」
見上げてくる瞳にはいろがない。繋がれた下半身の中央に見えるものは萎えているわけでもないのに、触れれば硬くも柔らかくもなかった。それはもちろん意思を持たないただの性器で、まるでユウジ先輩みたいや、と思う。
掌に残った飴玉をべろっと舐めるように口に含んだ。財前、と戸惑うような声を無視して舌の上で転がせる。
「っあ、う」
力の入らない両太股を持ち上げて強引に腰を進めれば、熱くて狭い肉壁に締め付けられてようやくの快楽に悦ぶ自身の体積が増す。それでも、覗き込んだ顔の瞳にはいろがない。あの時から、コートを見つめる眼と同じだ。

(ユウジ先輩の本物の眼は、あの人が夏に持って行きよったままや)

ころころ、ころころ、と口の中で飴玉が踊る。口の中は乾いていくばかりなのに、下半身は染み出すような快感が熱を与えて膨らみ続ける。抜け殻みたいなこの人を見るたびにそれでもじわじわと灯り続ける想いと同じで、違うのはどこにも行き場がない所だけだ。

(この眼は単なるガラス玉で、俺の顔なんて、よう映らへんのやろな)

「財前。何、泣いてん」

掠れた声で言われて、思わず自分の頬を触ってみても濡れた感触はどこにもない。勘違いっすわ、と低く呟いたら、ユウジ先輩は不思議そうに首を傾げて、手を伸ばしてきた。頬に揃えた指が添えられて、するすると撫でられる。
「やっぱ泣いてんのとちゃう。何なん、俺が泣かせてん」
「泣いてへん言うてるやないすか」
「俺、やっぱり駄目な先輩やなあ。お前にそんな顔させたなかったわ。アホやから、やり方、分らへん」
俺を見上げているはずなのに俺を無視して話し続けるユウジ先輩の声は虚ろで、自分で言ってるその顔の方が、まるで泣きそうに歪み始める。
「結局は全部間違うから、見捨てられてん。堪忍な、財前。ほんま、すまん」
「先輩」
頭をぐしゃぐしゃとかき回されて、無理な体勢のまま薄い胸の中へと抱き込まれる。ユウジ先輩の温度のあたたかさと鼓動を感じて、思わずその中に崩れ落ちそうになった。
そうしてふと、耳元で聞こえた涙混じりの声。



「会いたいなあ―――――」

がちり。
噛み砕いた欠片の中から、溢れた甘い果汁が歯の奥まで染み込んだ。